〜初体験の思い出〜
いつはじめて能に触れたか?
あれは、今を去ること10ン年前、・・・そう、ちょうど今頃だったでしょうか。まだ十代の頃、大の歌舞伎フリークの友人Y嬢に連れられて歌舞伎座や国立劇場に足を運ぶようになり、日本の伝統芸能の面白さに魅せられるようになった私は、偶然、我が家から歩いて10分ほどの所に梅若能楽学院会館という能舞台があることを知りました。
そんなに近くにあるなら一度行ってみなくっちゃ!
思い立ったらすぐ実行。たまたまその時催しがあったのを幸いに、学生券をゲットして能楽堂へ。ほの暗い客席に身を置くと、不思議に心の中がクリアになってくるような気がしたのを覚えています。
「お調べ」(囃子のチューニング)の響きを聴くと、これから一体何が起こるのだろうと、否が応でも期待は高まります。ふと気が付くと、いつの間にか紋付姿の囃子方が舞台に上がっているのです。
幕が上がるわけでもなく、淡々と舞台が始まる。これは新鮮なオドロキでありました。
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〜庵主流・能の楽しみ方〜
*予習は必要?
謡の文句(「詞章」と呼びます)が何を言っているのか全然わからない・・・なんて話をよく耳にします。そりゃそうでしょう。
例えば、「その時義経少しも騒がず」というこれだけの詞章を能では、「そォのォとォきィよォしィつゥねェすゥこォしィもォさァわァがァずゥ」という具合に謡いますし、「きい〜ぃィみィがあ〜ァよは」とか、もっとすごいのだと、「〜けり」という文末が「〜けりぃ〜イ〜イ〜イ〜イィ〜イ〜イィ〜ぃ」になったりします。おまけに詞章に出てくる言葉は耳慣れない古語ばかり。これじゃわかるわけない(笑)。だから、ヒアリングの練習をしようなんて思わなくていいんです。何度も見ていれば、自然と「あ、今何言ってるかわかった!」ということも増えてくるでしょうから。
ただ、あらすじぐらいはわかっていないと、例えば「お坊さんっぽい人がいて、そこに女の人が出てきて何か喋って帰っちゃって、また別の格好で出てきて舞を舞って帰りました」みたいなあらすじの能なんて、掃いて捨てるほどある(←暴言?)。だから、あとで紹介するような本で大まかなストーリーぐらいは知っておいた方がいいでしょう。オペラ好きの知人を初めて能に連れていった時、「テキストは暗記しておいた方がいい?」と聞かれてブッとんだことがあります。オペラでは常識らしいんだけど、能ではそこまでしなくっても大丈夫(笑)。どうぞご安心を。
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〜眠くなるほど良い能だ!〜
よく「能を見てると眠くなっちゃうんですけど」なんて申し訳なさそうに言われることがありますけど、私はここで声を大にして言いた。全然そんなこと気にする必要はありません!ってね(笑)。
確かに、テンポの速い吉本興業系のお笑いに慣れっこになっていると、能楽堂で流れる時間のテンポに最初のうちは戸惑うかも知れませんね。でも、はじめから逃げ腰にならないで。能のBGMである囃子(笛・小鼓・大鼓そして時には太鼓)の音楽はα波を刺激するのでしょうか、囃子に耳を傾けているといつのまにか心地よい眠りに誘われていることがあります。ふと我に返って舞台を見ると、そこでは天女が羽衣の袖を翻し、井筒の女が業平の形見を身につけて舞を舞い、あるいは平家の若公達敦盛が修羅道に堕ちた苦しみを語っている。最高に贅沢なひとときだと言えるでしょう。「シテの姿と声が美しくて、バックコーラスの地謡が心地よくて、囃子も申し分なし。そんな豪華メンバーの舞台の時ほど眠くなる」という人も少なくありません(って、それは私(笑))。イビキや寝息にさえ気を付けていれば、寝るのは全然問題なし。そう思っていれば、能ももっと身近なものになるのではないでしょうか。
ちなみに、平曲(琵琶法師が平家物語を語るヤツですね)の最高の褒め言葉って「今日はよく眠れました」なのだそうです。これホント。まぁ、そういう芸能もあるぐらいですから(笑)。
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