読者欄

ここでは、「拍手いや〜んの会」の趣旨に賛同してくださった方から届いたメールをご紹介していきたいと思います。

興福寺の東金堂の前で行われる「塔影能」は、今年で8回目を迎えた。ここは、「いや〜んの会」の趣旨を地でいくお手本のような会である。小生は、4回目から参加しているが、(「興福寺友の会会員」にのみ抽選で「陪観券」と称する入場券が配付される。)実にさわやかなのである。本年は1983年に550年ぶりに復曲された「重衡」であった。清盛の命とはいえ、南都に火を放った重衡の、今年は没後815年目。興福寺にとっては、にっくき重衡ではあるが、戒名を追贈し、追善回向をするとのこと。そのような曰く因縁とは別に、このやり場のない悶々とした暗い修羅能は、闇の中に浮かび上がる五重の塔の影よりもなお、深く色を落としているのであった。ここで拍手をされてはたまらない!しかし、心配ご無用。この会は、始まる前から、一切の拍手を禁じているのである。なぜなら、これは東金堂の本尊に対する奉納の能だから。つまり、私たちは仏の陪観者なのであるから余分なことをしてはいけないのだ。だから、たっぷりと能に浸り、そこから受ける様々な感情をそっくり持って帰れるのである。何百人という人間が、「重衡」の思いをそれぞれの胸に抱きながら散会するのです。まさに、作品が新たな生命を得る時だと思うのです。と考えれば、「拍手」は犯罪ですね。
  庵主より:この度はメールをありがとうございました。
         興福寺で〈重衡〉を上演するという話は、以前より
         聞き及んでおりました。初演こそ見ておりませんが、
         私も〈重衡〉の舞台を見る機会は何度かあり、あの
         救いようのない陰惨さに、なんとも言えぬ思いを味
         わったものでございます。
         ですから、興福寺での上演があると知り、できるこ
         となら拝見したいと思っておりましたが、「友の会」
         限定だったと伺えば、あきらめもつくというものです。
         その舞台の様子は、ひとり心の中で思い描くことと致
         しましょう。
         >仏の陪観者なのであるから余分なことをしてはいけないの
         >だ。だから、たっぷりと能に浸り、そこから受ける様々な
        >感情をそっくり持って帰れるのである。
          ああ、これは、本当に素晴らしいことですね。「仏の
         陪観者として、お相伴に預からせていただく。そうい
         った謙虚な態度で能を見ることによって、味わいも一
         層深まるというものでしょう。貴重なご報告、ありが
         とうございました。心より御礼申し上げます。

はじめまして。突然のメールをお許しください。
 昨年、知人の勧めで「北海道小樽市の旧岡崎家能舞台の再利用と能楽堂建立」を目的とした「小樽能に親しむ会」に入会し、今年7月にはじめて生で「能と狂言」を観賞し、それ以来、舞台の少ない北海道で能を3曲、狂言は4曲を観てまいりました。今年の予定は10月に、狂言を5曲観てお終いですが、これからは少ないチャンスを生かして接していきたいと思っております。
 また、インターネット上の「能と狂言」の情報を集めていた所、貴兄のサイトをみつけメールさせて頂きました。
 さて、今回のメールですが、「拍手いやーんの会」に関してです。三点程お聞かせください。
・私も「拍手いやーんの会」の主旨はもっともだと思いますが、総ての流派の能役者さんも同じ意見なのでしょうか?(他のサイトや文献には拍手は必要無いと言う事が載っておりませんので)
・能に関して、総て当てはまるのでしょうか?(例えば、「夢幻能」だけ拍手をしない・・・等)
・狂言に関しては如何なのでしょうか?
 初めてのメールで色々、御聞きする不躾をお許しください。
 ちなみに昨日の能楽座の札幌公演でも舞台は良かったのですが、私はしっかり拍手をしませんでした。
 では、今後ともよろしくお願いします。
  庵主より:北海道からのメール、嬉しく拝読いたしました。
       > 「拍手いやーんの会」の主旨はもっともだと思いますが、
       > 総ての流派の能役者さんも同じ意見なのでしょうか?
         残念ながら、必ずしもそうではないようですね。笛方の藤田
        六郎兵衛師などは「アンコールで舞台に立ちたい」とおっしゃ
        っているという話ですし(笑)。まあ、それは極端な例だとし
        ても、「拍手がないと不安」というシロウトみたいな若手能楽
        師も少なくないようです。
        ですが、喜多流などでは、師匠がお弟子さんに「拍手はしない
        ように」と教えているということを耳にしたことがありますか
        ら、流儀によってもまちまちかもしれません。
        かつては「それがあたりまえ」であったことですから、明文化
        する必要もなかったのでしょうね。ただ、最近の能の入門書に
        は、「拍手はしなくてもよい」ということが書かれるようにな
        ってきてはいます。
        > ・能に関して、総て当てはまるのでしょうか? 
        > (例えば、「夢幻能」だけ拍手をしない・・・等)
         これに関しては、感性の問題ではないでしょうか(笑)。
        余韻に浸りたいものもあれば、〈土蜘蛛〉などのようにハデな
        パフォーマンスにやんややんやと喝采をおくりたくなるものだ
        ってあるでしょう。それを全てやめろというのではないのです。
        「拍手いや〜んの会」が問題としているのは、シテが退場する
        時に一度。ワキが退場する時にもう一度。下手をすると後見が
        作リ物をさげる時にも一度、という形骸化した「お約束」の拍
        手なのです。
        > ・狂言に関しては如何なのでしょうか?
         これも同前ですね。
        狂言といっても、例えば〈棒縛〉のような、大笑いできる作品
        もあるし、〈川上〉〈箕被〉などのように、しんみり・ほろり
        とする作品もあります。後者のような舞台を見た後、果たして
        拍手をする気分になるかどうか・・・。そういうレベルの話で
        すから、十把一絡げに「狂言では拍手する」ということにはな
        らないと思います。
         あまりお役に立たないレスで申し訳ありませんが、取り急ぎお
        返事まで。能楽座札幌公演のことなど、お暇なときにでも、ま
        たお聞かせいただければと思います。

始めまして。最近、三十路を迎えたばかりであります。私は能を見たことがありません。しかし、能は大好きです。

 小さなころから、能面や埴輪などに興味がありましたが、高校生の時、国語の授業の中で「面とペルソナ」という随筆を読み、さらに能というものにすごく引かれていきました。そして自分はなぜ能が好きなのか、その理由の一端が、この「拍手いや〜んの会」を拝見させていただき、さらに深まったような気がします。
 能を見に行ったこともないやつが、このような会に賛同すること自体、恐縮であり、おかしいと思いますが、能とは、そのようなものと想像しておりましたので、あえて賛同させていただきます。よろしくお願いいたします。あの能面が、動きを得、光を得、そして夢幻の世界を表現する時間の流れを是非ともこの目でじっくりと堪能したいものです。
 どうぞ能の“切なさ”をもっと教えてください。お願いします。
  庵主より:はじめまして。能に関心を持つきっかけは、人それぞれですが、
         どうやら能面の持つ魅力に取り憑かれてしまったようですね(笑)。
         能をご覧になったことがないから「恐縮」だなんて、そんなこと、
         おっしゃらないで下さい。そのような方から賛同のメールをいただ
         くのも、私達にとってはとても嬉しいことなのですよ(^^)。
         でも、もうそろそろ「機は熟した」のではないでしょうか?能の切
         なさ、美しさ、楽しさ・・・そういったさまざまなものを、ご自分
         の五感で是非体験していただきたい。そう願ってやみません。

はじめまして。いつも楽しく拝見してます。人生の折り返し年齢で、やっと能・狂言の魅力にとりつかれ、生きていてよかったと思っているこのごろです。そんなときに、春霞先生のページはとても参考になります。どこかで、公開講座をなさってくだるとうれしいのですが。
 さて、拍手の件。いやーんの会を知ってなるほどと思い、素直に拍手をしたくなる間合いに、自分ではしています。
 ところが、昨日驚きました。MOA演能会でのことです。狂言の鎌腹で、鎌をもった女に男(萬斎師)が追いかけられて登場だったのですが、でてきたとたんに、拍手でした。せっかくの熱海のなかなか立派な能楽堂の雰囲気が、突然ホールのよう。あれには演者も驚いたのでは。いまだ、萬斎師イコールドラマのイメージなのでしょうか。おまけに万之介師を「お父さんよ」とささやく声も。
 拍手って、見ていたものの気持ちでとは思うのですが、やはりある程度「こうあってほしい」ことを会場側から説明があってもいいかと思いました。ついでながら、アメの紙音も能を見ている途中気になります。また、バッグにつけているらしい鈴の音も。能や狂言は特別なものや堅苦しいものと、とらわれるのもどうかと思いますが、もっといい気持ちで見たいなと思っています。
  庵主より:残念ながら、MOA美術館の能舞台へはまだ足を踏み入れたことが
         ないのですが、なかなか雰囲気のある舞台だそうですね。
         いくら〈鎌腹〉であっても、シテ・アドが登場する時に拍手をする
         のはNG。きっと、拍手をしたお客さん達は、〈鎌腹〉を見に来た
         のではなく、「野村萬斎」その人がお目当てだったのでしょう。だ
         から、「きゃあっ、萬斎さんだわぁ(*^^*)ホ」のノリでいきなり拍
         手しちゃう。観客層が広がるのは喜ばしいことだと思いますが、そ
         れに伴って、能楽堂でのマナーがなし崩しになっていくとしたら、
         困ったことですよね。おっしゃる通り、主催者の方から、ある程度
         の「マナーのABC」を観客に知ってもらうようなことを考える必
         要はあるのかもしれません。見所が良い雰囲気ならば、演者の側も
         気分良く舞台を勤めることができるんですものね(^^)。
        
おひさしぶりでございます。先日河村定期能を見に行き番組に珍しいことが書いてあったのでご報告まで。
      拍手はシテ入幕後にお願い出来れば幸甚でございます。
 このようなことがかかれた番組は初めてみました。で、拍手の方はというと……。
 橋懸かりが通常の3分の1ほどなので拍手の長さが短くてよかったけど。
 遊行柳では3の松(入幕直前といってもいいくらい)で拍手が起きました。橋懸かりがみじかいから。
 基本的に社中しかいなような小さな会なので、案内書きの意味があまりないのですが、ひとつの良い傾向だと思いました。
  庵主より:京都から貴重なご報告、本当にありがとうございます。
         そう、河村能舞台(@烏丸上立売上ル)では、〈鞍馬天狗〉の子
         方を公募したり、いろいろ啓蒙的な活動をなさっているようです
         ね。「女性のための能を知る会」もその一環でしょう。してみる
         と、上記の「お願い」も、そういった啓蒙活動の延長上と考えて
         良いのかもしれません。たとえお社中が大部分の会であっても、
         それを目にした人は「へえ、そういうものなのか・・・」と気に
         留めてくれるようになるでしょうから、じわじわっとでも、その
         効果があらわれることを期待いたしましょう(^^)。

先日「大原御幸」を見ました。建礼門院が揚幕にかかるまでが観客のぐっと我慢のしどころ、今か今かと待ちわびている観客の気持ちが会場の空気でヒシヒシと感じられます。とうとう揚幕にかかりました。「やったー!」割れんばかりの拍手です。今日は、何しろ観世銕之丞ですから。でもちょっと待てよ、確かに曲の途中ではあるが、さっき退場した法皇は、片山九郎右衛門だったんだぞ。何で拍手が無いんだよう。(?_?) これこそ片手落ちじゃないの?人間国宝には拍手をして、芸術院会員には拍手が無いというのは失礼だぞ!と、小生は怒ってしまった。(-_-#) かといって、大声を出すわけにはいかず、もちろん拍手するわけにもいかず、悶々とした、まさに法皇の訪問を受けた建礼門院のような気持ちでした。(^◇^;) 
 まあ、いずれにしても舞台というのは総合芸術ですので、一人の役者や囃子方に入れ込み賞賛の拍手を送るというのはまさに個人の興味や趣味、関心なのです。だから、個人宛にお手紙を書くなり、プレゼントを贈るなりしていただければいいことでして、少なくとも様々な思いを持つ人間が集まる能楽堂では、個々の人間に対する拍手という作法は捨てていただかないといけません。「うーん」と唸る唸り声ですら、我が胸の内に押し込み、家路を辿ろうではありませんか。この時こそが、私には至福の時なのですが・・・。。
  庵主より:詳細な体験レポート、ありがとうございます。銕之丞師の女院に
         九郎右衛門師の法皇という取り合わせは、かなり豪華な〈大原御
         幸〉だったですね。
         〈紅葉狩〉や〈土蜘蛛〉のような派手な能ならいざ知らず、〈大
         原御幸〉という能は、見終わった後に女院の心中に思いを馳せほ
         ぉっと溜息をつくことこそあれ、拍手喝采とはおよそ遠い場所に
         位置する作品だろうと思うのですが、やはり割れんばかりの拍手
         には勝てないと・・・悲しいかな。
         仰る通り、良い舞台を見て感動した!という場合は、その能楽師
         の方に手紙や葉書を差し上げれば良いのです。それによって、演
         者と直接のコミニュケーションがはかれるのであれば、まさに一
         石二鳥(^_^)v 「拍手は胸の内だけで」といきたいものです。

はじめまして。
 私は狂言が好きで、一年ほど前から能楽堂に足を運ぶようになりました。最初は拍手してもいいものか解からないまま、周りに合わせてしていましたが、このHPを見てからは、拍手をしていません。

 ところで、このあいだ、豊田市能楽堂で、「隅田川」があったのですが、シテがさがるとき、幕の直前まで拍手が起きませんでした。その拍手も一人がし始めたので、皆拍手したという感じでした。ああ、やっぱりこういう曲では皆拍手しないんだな。と思ったのも束の間、そのあとだらだら続く(しかもだんだん大きくなって行く)拍手にさめきってしまいました。地謡の方が下がるときにはもう盛大な拍手が起こってて。(+_+) 
 なんで皆こう付和雷同するように拍手しちゃうんでしょうか。やっぱりアナウンス入れてもらうのが一番だと私は思うんですけどね。

 このHPが皆にひろまって行くことを願っています。それでは。
  庵主より:実は私も、昨日、粟谷能の会で〈隅田川〉を国立能楽堂で見てき
         たのですが、シテが一ノ松にさしかかったあたりから、割れんば
         かりの拍手。おまけに、作リ物の塚が下がる時まで拍手が起こり、
         もう、腹が立つよりも「ああ、どうしましょ(^^;」って感じでし
         た。おまけに演能中の見所の出入りもかなり頻繁で、あとで、一
         緒に見に行った友人と「これだけマナーの悪い個人の会っていう
         のも、ちょっと珍しいわよねえ」なんて話をしていたんですけど。
         観客層が広がるのは確かに喜ばしいことなのですが、観能マナー
         の普及についても、もう少し真剣に考えてみないといけないよう
         な気がしますね。
HP拝見しました。観能後の拍手が問題になっているようです。
 私もこの2年ばかり能を拝見していますが、だらしなく続く拍手はあまり気持ちいいものではありません。経験の浅い私には、この拍手のあり方を不思議に思いました。

 そこで、演者の方にお聞きしてみたのですが、はっきりしたお答えはいただけませんでした。ただ、その方は個人的には終演後の拍手は大歓迎、ただし「隅田川」「定家」「求塚」などのように悲劇的に終わったり、余韻を大切にするものを除いて、ということでした。
 ここで「終演後」とは何時のことか、という問題は残りますが。

 1月31日の「求塚」(観世栄夫・国立能楽堂)と2月13日の「角田川」(瀬尾菊次・国立能楽堂)にも立派に拍手がありました。

 記憶が定かではありませんが、何処かで評論家の方が、申楽時代はもっと見者の態度がはっきりしていたので、現在の能のように拍手も遠慮するという観能態度を気にしないで、良いと思えば拍手をすればいい、というようなことを述べておられたのを聞いた気がします。
 せっかく演者の方にまでお聞きしたのですが、結局、私としては拍手はしないことにしています。とくに理屈はありませんが、何となくそういう気分なのです。

 今の私には、拍手の問題より、遅れてくる人の方に気分をそがれます。それと、囃子方や地謡の人が出てきているのに、ヒソヒソおしゃべりする人たちです。
 能を見に来ている人たちは、謡を習うとか、なにか能に関係している人たちが多いように思います。私のように全く関係ない人は少ないでしょう。少なくとも、謡を教える先生が「拍手はしないように」と言われれば、大多数の見者から拍手はなくなると思います。もっとも、先ほどの演者のような方もいらっしゃるので、統一見解は難しいかもしれません。

 「パルジファル」の話が出ていましたが、「レクイエム」などの時も指揮者が「拍手をしないように」と演奏の前に「お断り」を言う場合があります。ひょっとしたら外国では言わないのかもしれませんが、日本人は、黙っていると拍手をするからでしょう。

 雰囲気のいい場で観能できるにこしたことはありませんが、だからといって「**権」を主張するのも、かえって気分が壊れるような気がしています。また、注意書きが一杯の能楽堂もありがたくありません。身近なところからの地道な心がけくらいかなと思っています。 
  庵主より:そうですね、確かに「拍手云々」以前に根本的なマナーがなって
         いない人が多くなってきているような気がします。おしゃべりは
         むしろ中高年のおじさま、おばさまの方に多いですよねえ。多分、
         若い人の方がコンサートや演劇といった舞台に触れる機会が多い
         から、基本的なマナーぐらいは自然に会得しているんじゃないか
         と踏んでいるんですが。遅れてきた時の身の処し方、舞台に囃子
         方が出てきたら、もうお喋りはしないということ、携帯の電源は
         切っておくこと(これに関してはアナウンスがありますが)、こ
         ういうことは、本当に、個人個人の心がけの問題ですから、なか
         なか難しいでしょうね。もちろん、拍手についても然りです。
         
拝啓、梅の便りも聞かれるころとなりましたが益々ご清栄とお慶び申し上げます。小生は昨年の2月から一寸したきっかけで「能」を観始めた大阪在住の52才の会社員です。
   <この辺までe-メールらしくないですね>

◇確か中学のころ海外文通がはやっていて、参考書の日本文化紹介欄で「能」は終わっても余韻を楽しむため拍手をしない演劇であると書いてあり、そのようなものだと信じておりました。

◇ところが昨年初めて「葵上」を観てその素晴らしさに感激しました(今は月1のペースで能楽堂に通っています)が、最後の拍手にがっかりしてしまいました。

◇昨日も京都の金剛能楽堂で「黒塚」が終わって作り物を下げるときにも拍手をした人がおりました。さすがに続いて拍手する人は居りませんでしたが。

◇ことしの正月はNHKで新春能を放映して居りました。これは観客のいない能楽堂での演能を放映したもので拍手にじゃまされることも無かったのですが、シテに続いてワキが下がる所で終わってしまいました。(ああ残念)

◇一度でいいから余韻を楽しむ「能」を観たいものだと願ってこのメールを送っています。

 今後もこの運動を続けてください。 敬具
  庵主より:メールをどうもありがとうございました。大阪にお住まいという
         ことは、大槻能楽堂をメインに、京都観世会館や金剛能楽堂での
         演能をご覧になっているのでしょうか。なかなかそちらの舞台は
         見る機会がないので、羨ましかったりもします。
         作リ物を下げる時の拍手、先日水道橋で見た〈道成寺〉で狂言方
         が鐘を運んで帰る時にまで拍手が起こったので、脱力しました。
         見所のある一区画から、のべつまくなしにだらだらと拍手の音が
         聞こえてくるのです。せっかくの〈道成寺〉が、そのためにとて
         も締まりのない舞台になってしまったのが残念でした。
         でもまあ、気を落とさずに、地道な運動を続けていく他にないで
         すものね。応援、感謝です(^^)。

2、3ヶ月くらい前にこの会のことを知りました。以来、拍手するのをやめています。

 私は学生のときに能のクラブにはいっていて、宝生流の謡と仕舞を少し習ったことがあります。(庵主さまも宝生の謡を習っていらっしゃるんですよね。勝手に親近感をいだいております。)卒業後十年近く、能からは離れていたのですが、また最近見に行くようになりました。拍手は周りの人にあわせて、パラパラという感じで。学生のころに先生や部員たちと見に行ったときはどうしていたか、まるで覚えていませんが、義務のようにおこる拍手に、なんか変だな、と思ってはいました。
 でも、正直いって拍手しないことにちょっと迷いもあります。能楽堂に足を運ぶ人って、やはり謡とか仕舞とかを習っている方が多いですよね。しかも私より年配の方が大半。私より確実に能を知っているはずの人々が拍手しているのはなぜなのでしょう。そういう方の意見もお聞きしたいです。
 余韻を楽しむといった意味ではやはり拍手はない方がいいでしょう。しかし、感じ方は人それぞれですから、この会の賛同者の方のご意見にもありましたが、舞台に人がいなくなってからとか、せめてシテやワキが幕にはいってからとか、主催者側から一言あるとわかりやすいですよね。せっかくこのような会が発足しても、一番気をつけて欲しい人々に知られないのでは、と心配です。
 今度、能は初めてという人たちと一緒に見に行きます。(1/16の五雲会なんですけどね。)この会のことと春霞庵のことをお知らせしておきます。

 長い文章で申し訳ありませんでした。
 庵主さま、お忙しいでしょうけど、あんまり無理なさらないでくださいね。お能を見に行くにも、体調がよくなければ・・・
 それでは、また、ホームページの方にお邪魔します。
  庵主より:いろいろとお気遣い下さって、本当にありがとうございます。最
         近、あちこちから立て続けにビジュアル系の能の入門書が出てい
         ますが、私が見た2冊の本では「拍手はどうする?」ということ
         についてもちゃんと触れられていました。この辺は、執筆者の見
         解が伺えて面白いところなのですが(笑)、「するな、とも言え
         ないが、むやみやたらに手を叩けばいいというものではない」と
         いうニュアンスで書かれていましたから、あれを手に取った読者
         の人は「なるほど、そういうものか」と思ってくれるのではない
         でしょうか。従来の入門書には、この手の情報が全くといって良
         いほど抜け落ちていましたから、もしかしたら、この「拍手いや
         〜んの会」の存在も、その手の能楽入門書の内容刷新に少しは貢
         献しているのかも?なんて思ったりもして。ちょっと自意識過剰
         でしょうか(笑)。
         そのうち、水道橋でお目にかかれるかもしれませんね。楽しみに
         しています。
はじめまして。
 私も能の時の拍手は非常に嫌いです。京都駅ビルの一角仙人でぶーぶー言ってたのは私です。あれは不思議な物でワキが出てくる時は拍手して、シテが出てきても(作り物から出てくる)、龍神が出てきても(作り物の岩の中から飛び出す)拍手しなかったんですよ。シテはともかく竜神の時は拍手するだろうと思っていたので意外でした。
 
 さて、このたび能のシテを勤めまして、拍手について思うことができたのでお便りしました。私が舞ったのは「雪」という曲で、金剛流にしかない曲なのですが、三番目もので雪の精がシテをする、といったときに想像できるような曲です。全部で4ページほどと短く、作り物の中から出てくるのですが、その上には雪綿が載せられ、全体に静かで、足拍子は音なく踏み、序の舞は盤渉序の舞という非常に静かな序の舞を舞い、最後は残り留といって地謡が謡い終わっても余韻を残すために囃子が一クサリその後も打ち続けるという凝った演出の曲です。気持ちとしては橋懸かりを帰る時も雪がとけるように、ふっ と消えていきたかったのですが、残念ながら拍手がおきてしまい、その時点で曲が終わってしまいました。それでも普通の学生の発表会と比べて(言い忘れましたが大学生です)拍手も少なく、普通拍手の目安となる二の松を越えても拍手が起きなかったので、客席に雰囲気は残せたと思います。となると、「最後まで拍手は要らないよ」と思いたくなります。これがシテの時の気持ちです。
 
 普段は観客なのですが、中学校の能楽鑑賞会で先生(自分で能を習っていました)が「能はいつのまにか始まり、いつのまにか終わる物である。だから拍手など絶対にしないように」と言っていました。それ以降能を見て拍手をすることはなかったのですが、いい能の時は拍手はできないということを「体験」しました。そんな私の態度が例外で変わったのが夜討曽我でした。切り組で切られた人が仏倒れをしたとき、思わず「おおー」と歓声を上げてしまいました。能が終わり帰っていく時思わず拍手をしてしまいました。
 
 思うに大半の観客は舞台上で「何かが起きる」のを期待して見に来てるんだと思います。これは西洋の演劇ですね。だから何かが起きた時に拍手をしてしまうんです。またそういう人達は大概シテの弟子で、自分の師匠を見にきていて、能を見には来てないんです。だから「先生よかったよ」という拍手を送るんではないでしょうか。残念ながら拍手の起きない能を見たことはないのですが、三の松を越えても拍手の起きない能はいくつか見ました。中でも最近見た景清は、途中で拍手が起きたのですが、すぐに消えてしまいました。素晴らしい能であり、また橋懸かりを帰る時も盲目の老人ゆえゆっくり帰る、そこにまだ曲は続いているということを客は見たのだと思います。
 とりあえず雰囲気を楽しみにいっている私には、拍手はこの上なく邪魔で仕方が有りません。 
  庵主より:京都駅ビルの〈一角仙人〉が行われたスペースを、先日実際に見
         ましたが、あんなスペースで作リ物が出るような能をやろうとい
         うこと自体ムリじゃないかな、という感想を持ちました。だって、
         庵と岩の作リ物を置くだけで手一杯という感じでしょう?あそこ
         で演ずるのはかなり大変そうですもの。
         ところで、演ずる側からのご意見、とっても参考になりました。
         〈雪〉は確か一昨年だったか、国立能楽堂の企画公演ということ
         で喜多流で復曲上演したことがありまして、それを見た記憶はあ
         るのですが、本家の金剛流は未見です。でも、確かに「雪のよう
         に消えたい」というお気持ちはよくわかります。拍手は似合わな
         い曲ですよね。それに対して、斬リ組ミなんかが派手にある曲だ
         ったりすると「すご〜い!」という驚きや興奮で手を叩きたくな
         る時もあるのは事実。曲柄によって反応が違ってくるのは、ある
         程度やむを得ないと思うのですが、とりあえず本三番目物や老女
         物なんかで割れるような拍手が出るっていうのは「ちょっと待っ
         て、違うでしょ」と言いたいですね。
         「自分の師匠を見に来ていて、能を見ていない」というのは鋭い
         指摘ですね。東京と京都の見所のマナーの違いは、そういう観客
         層の違いによるところも多いのかもしれません。金剛能楽堂や京
         都観世会館へたまに行くと、「お弟子さんたちのサロン」的な雰
         囲気に圧倒されてしまいますから。東京よりももっとディープな
         んですよ(苦笑)。
        
わたしも、拍手についてはかなり疑問があります。
 私は個人的にその公演が気に入ったらそのままでいる事が多いので、拍手はしません。狂言の場合は笑うというよりも、表情が緩むという事の方が多いです。笑っちゃってもイイとおっしゃる上演者もいますが、何となく気が引けるんですよ。
 この前も、某流派の狂言を見たときに、甲高い声で笑っているお客さんや、可笑しくて仕方がないのか突然パンパンと大きく拍手したお客さんがいて、上演後のトークの際に「今日は素晴らしい反応をしてくださった方がいたようで・・・」とおっしゃっていたのを何だか苦々しく受け取ってしまいました。
 反応は個人の自由ですが、見ている間は私達はその舞台の世界に浸っていると思うんです。その夢か幻かという空間から目を覚まさせられるような行動は、迷惑だと思う。やはり、周囲の人にも気を使って欲しいと思います。私達はその空間を入場券代を払って楽しんでいると思うんですけど・・・?モチロン、能の場合は有無を言わさずに拍手はアウトですっ!!あの緊迫して張り詰めた空気を破るものは、欠伸であろうがバッグを落とす音であろうが、許されないと思います。
 ・・・・長々とごめんなさい。では、また。。
  庵主より:そうですね。「お金を払って舞台空間を楽しんでいる」というの
         は、まさにその通りだと思います。だから、それをぶち壊すよう
         な拍手はなるべき控えてもらいたいのですが、現実はなかなか厳
         しいようで・・・。シテが序ノ舞を舞っているような時に、包み
         紙をガサガサと音立てて開けてキャンディを頬張るような無神経
         さ、個人的にはあれが許せません。のど飴なんかなら仕方がない
         と思いますが、それにしたって、「最初から、そんな包み紙はは
         がしてから持って来い!」と怒鳴りたくなる衝動をこらえるのが
         一苦労(苦笑)。
         狂言については、うーん、ちょっと一概には言えないところがあ
         るかもしれませんね。「家の芸風」というものがあって、例えば
         同じ大蔵流でも、茂山家が派手な笑いを取る芸風であるのに対し、
         山本家の舞台は、それこそ思わずにやっとしてしまうような芸風。
         それによって観客の反応も違ってくるような気がするんです。

はじめまして。能を見始めて1年程度の初心者です。関西の某市の市民能を見に行ってからはまったのですが、周りに能に詳しい方も居ず、本を探したりしながら見に行っております。初めて能楽堂に行った時は、敷居が高い感じでどきどきしましたが。こちらのHPへはYahooから流れ着きました。以来時々覗かせていただいておりました。
 拍手の件なのですが、これまでは皆が拍手するところでしていました。(シテの方が橋掛かりの半ばくらいまで来た頃でしょうか。)最初は拍手していいものかどうか判らず、今度はどこで拍手するのか判らずと、能が終わった後落ち着かない思いをしていたのですが、こちらの会のおかげで、ようやくすっきりしました。そこでこの間大槻のろうそく能を見に行きました時は拍手はしなかったのですが、確かに周りがみんな拍手すると「気に入らないから拍手してないんじゃないですよ。」と言い訳したくなります。(群集心理というか、日本人の性でしょうか。)この日は、雨の中能楽堂の前でさんざん待ってびしょぬれになり、会場では後ろのおばさま方お二人のひそひそおしゃべりになやまされと、すこし悲しい目にあってしまいましたが、「野宮」はとてもよかったです。後シテの御息所の立ち姿にほれぼれしておりました。これからも能を見る時は拍手はしないでおこうと思っております。
 長々と失礼致しました。
  庵主より:ようこそいらっしゃいました。確かに、ビギナーの方が一人で能
         楽堂へ行く場合、なんとなく敷居の高さを感じてしまうことがあ
         るかもしれませんね。でも、ハマって下さったみたいで何よりで
         す(笑)。
         もっと沢山の初心者向けの書物などで、拍手のマナーについての
         コメントがあれば、「落ち着かない思い」をすることもないので
         しょうが、残念ながら現状ではなかなかそうもいかないようです。
         ご覧になった〈野宮〉、良かったようで羨ましい限りです。御息
         所の立ち姿にほれぼれしたという、そんな舞台に出会うと、手を
         叩くのを思わず忘れてぼーっとしてしまいますよね。その感覚を
         もっと多くの人に共有してもらえるといいのですが・・・。
拍手について、他のホームページとかでも読みました。
 私の気になる点としては、出ている方が拍手がないとどう思うだろうということでした。西洋の文化では、拍手がないとあまりよくなかったという事になります。西洋文化が浸透している今、日本の昔からの芸能をよく知らないとなんだかどうしても、拍手がないとよくなかったと評価したかのように思って、出ている人が不愉快ではないかと考えてしまいます。
 そこで、私の謡の先生に、聞いてみることにしました。先生は、別に、拍手があってもなくてもなんとも思いません。とおっしゃってました。
 東京の方が拍手する人が少ないという事についても聞いてみました。そしたら、やはり東京の方が少ないと思うとおっしゃっていました。
 出ている人が、なんとも思っていないならば、やはり最後まで出来れば拍手しない方がいいと思います。なんだか映画の最後の文字のタラップが終わるまで席を立たないで見るか、話が終わったらすぐ立ち上がるかの論争にちょっと似ていると最近思います。(一緒にしないで欲しいと思うかもしれませんが。)
 せめて最後の、囃子方の人が入ってから拍手したい人はしたらいいように思います。
 誰かがどこかに書いていらっしゃいましたが、拍手は音がするものですから、やっぱり、拍手が嫌な人のためにも控えた方がいいですよね。しかし西洋文化がこれだけ浸透している今だから拍手も日本人にとって普通の見終わった後の感想の表現方法となっていると思うし、沢山のお客さんがいるからいろんな考えの人もいると思います。だから、携帯の電源を切って下さいというほどの禁止は出来ないかもしれないと思います。
 でも、初めて来てなにもわからない人のために番組に能は、お調べから始まって囃子方の人が入って終わるということを明記し、拍手は、その後にしてもらうように上手く書いておくといいのではと思います。

 なんだか長くなってしまいましたが、ちょっと昨日お稽古にいって、先生と話して考えたので書いてみました。来週は大槻能楽堂であるろうそく能に行ってみようと思います。なんだか月に何回も能に行くようになってしまいました。

では、また、ホームページ楽しみにしています。
風邪に気をつけてくださいね。
  庵主より:積極的にいろいろ発言して下さってありがとう。本当に嬉しく思
         います。確かに、こういう慣習が当然になってしまっている今、
         拍手を全面的に禁止することはできないでしょうね。でも、禁煙
         権のように、拍手することなしに余韻を味わう権利というものも
         あっていいんじゃないかって気はします。だから、せめて、「拍
         手は舞台に人がいなくなってからお願いいたします」ぐらいの注
         意書き、もしくはアナウンスなどが欲しいところではありますよ
         ね。そうそう、映画のタラップの譬え、とっても判りやすかった
         です(^^)。
         これからもどんどんいろんな能を見て、楽しんでくださいね。お
         稽古の方もどうぞがんばって!
始めまして。お能を拝見するようになってやっと一年目の初心者です。先ほど、このHPを見つけ「拍手いや〜んの会」の事を知りました。
 僭越ながら・・・私も賛同いたします!

 本のタイトルは今思い出せないのですが・・・(増田正造氏の「能の表現」中公新書刊・・だったかな?)その中での引用に「演劇は何事かの到来で、能は何者かの到来である」と言うような言葉があったのですが、初心者の私にとってこの言葉は、「お能というもの」と「お能の魅力」をぱっと目の前に出されたように衝撃的でした! 
 「何者かの到来」まさしくその通りだと感じています。

 橋掛かりをゆくおシテや三役の方々は、私にはまさに醒め行く夢の残像。
 次第に閉じられる異界の窓から漏れる幻のなごり・・・。

 その、甘美なまどろみの様な一時を拍手で壊さないで〜!\(><)/

 私は拍手をしません。しませんが、周りの目が気になって、顔は無表情・・・ですが、内心、「やめてー」「壊さないでー」「つまらなかったから拍手しないんじゃないのよー」「シテ→ワキ→囃子・・とだんだん疎らになる拍手・・シラケた感じになるー」などなど・・雑念が渦巻いて、結局、拍手しなくてもブチ壊し・・・。(TιT )

 一番手っ取り早くて解り易いのは、演能前の館内放送で、色々な注意事項のほかに「拍手はご遠慮下さい」と付け加えて頂ければ良いのではと思うのですが。そう簡単には行きませんか・・・?

 ところで、福岡市の大濠公園能楽堂で今年の7月5日に催されました「三人の会」の番組には「お願い」として、「拍手戴きますのは有り難い事ですが出来ますればシテが幕に掛かりましてお願いいたします」・・と、ありました。その会には都合で行けませんでしたので、効果が有ったかどうかは解りませんが・・・。

 それでは、「拍手いや〜んの会」が、もっともっと大きく広がります様に!
  庵主より:賛同のメールありがとうございます。心強い限りです。
         確かに、館内放送は有効な手段だと思うのですが、主催者側にそ
         のような意識がないとどうにもなりませんから、アンケートなり
         の形で働きかけをする必要はあるでしょうね。
        「3人の会」のチラシはなかなか考えてますね。拍手したいという
         観客の気持を最大限尊重しながら・・・という文面、好感が持て
         ます。教えて下さってありがとうございました。
         今後とも、どうぞよろしくお願い致します。
私は、NHKの「あぐり」を見て、エイスケさんが好きになって、萬斎さんが何者かを知り、狂言を観はじめた、にわか狂言ファンです。^^; また、狂言を観ると同時に能にも興味を持ち、観に行く機会も増えたのですが、なにせ、住まいが広島なので、年に数える程度の公演しかありません。たまに行くとやはり、拍手喝采で終わります。広島は田舎者だからかなぁ。なんて、思っていましたが、今年の夏休みに(9月3日〜7日まで)、広島,東京,京都と、狂言,能ツアーを行いましたが、いずこも同じですね。^^; 
 ところで、東京へは「ござる乃座」(萬斎さんが主宰される会です)に行ったのですが、アンケート用紙を配られて、「FAXでもよいし、郵便でもかまいません。」と書いてあったので、家に帰ってじっくり書きました。そのアンケートの問いの中で、「パンフレットの中で(ござる乃座で配られる)今後、扱って欲しい事があれば書いてください。」という事が書いてありました。それで、春霞さんが言われている様な拍手を始め、観客のタブー行動を教えてください。」と、書きました。それで、そのアンケートに参考として、「拍手いやーんの会」のアドレスを無断で書いてしまっちゃたんです。ごめんなさい。m(_"_)m 
 なんだか、最近気になって、メールをさせて頂きました。こんなうかつ者のハチべいですが、今後とも色々、教えてくださいまし。m(_"_)m それでは。
  庵主より:どうぞお気になさらずに。「いや〜んの会」の宣伝は大歓迎です!
         そういう観客からの声が会の主宰者に伝わることで、いろいろと変
         わってくるんじゃないかしら。
私も、基本的には、拍手はイヤーです。オペラなんかは特に、曲が終わらないうちにウォーっていう叫び声とともに拍手が始まります。全く興醒めです。最近の音楽会では特にそれを感じます。  
 しかし、本当に深い感動を与えるような凄い演奏の時は、すぐには拍手が起きず、ながーい沈黙が続きます。ヨーロッパでは、よくあるのですが、日本の演奏会場では、余韻を味わうなんてことはほとんどありません。ワーグナーのみ上演するバイロイト祝祭劇場では、<パルジファル>を上演するときは、拍手をしないのが慣例になっています。今から20年前に、この劇場で初めて<パルジファル>を観たとき、数名の観客が、拍手をしそうになって、周囲の人たちが制止するという場面を見ました。
 我が国の能の上演においても、開演前に拍手をしないよう、場内放送するぐらいのことをしない限り、今の状況は続くでしょうね。それと、学生対象の能楽鑑賞講座なんかでマナーを教えるとか。ま、観客が世代交代しないかぎりだめよね。
  庵主より:クラシックでも拍手をしない慣例があるなんて、初めて知りました。
         とっても参考になりました。またいろいろと教えて下さいませ。
         場内放送のような形での観客へのアプローチは、確かに必要なのかも
         しれませんね。でも、聞くところによると、開演前の解説で「盛大な
         拍手をお願いします」という方がいるとか。そうなるともうお手上げ
         ですけど・・・(溜息)。
名古屋城のほとりに新しい能楽堂ができましたので、近いこともあって、以前より能や狂言を見る機会が増え、楽しんでいます。
それで、私も 拍手いや〜ん に賛同するひとりですのでそれをお伝えしたくて、お便りしました。
 あのダラダラとした拍手がイヤでたまりません。
 私は舞台の人が全部いなくなってから拍手はするものだと父から聞いていましたが...。どうにかならないものでしょうか。
 それでは、またHPを訪問させていただきます。
  庵主より:そうなんです。あのダラダラと続く拍手にはいい加減うんざり。
         ということで、有志で「拍手いや〜ん」キャンペーンを始めまし
         た。実際に貴女のような賛同のレスポンスをいただけると、元気
         百倍です。これからも、どうぞよろしく。
  最近能に興味をもって何回か見に行ったり御謡を習いにいったりとちょっと能にはまってます。色々なお能関係のホームページをみて勉強していたんですが、女子大の先生って書いてあったので興味があってこのページを開いてみました。

 拍手については、私の叔母もお能を見にいくのですが、昔は誰も拍手しなかったみたいで、最近のお客さんは拍手するとちょっと驚いていた話をきいて、私は、はじめから拍手をするものだとおもっていたので衝撃的なはなしでした。
 でも、私の御謡の先生に聞いてみたら、みんな橋懸かりのあたりにきたら拍手するのが近頃の普通になっていますね。っておっしゃってました。でも、全員が舞台にいる間は、お能は続いてるんですよっておっしゃっていたのでやっぱり拍手しない方が余韻を楽しめるしいいと思いました。でも、最近やっとお能の見方がなんとなく分かってきたから余韻を楽しむって事も意味が分かるようになってきたけれどやっぱり初めて見たりしたらちょっとそんな感覚はちょっと難しいと思ったりもします。

 なんだかよく分からない文章になってきましたが私も、みんなが拍手出来ないようなすごい舞台に巡り合ってみたいです。
 また、いろいろ見に行ってみようと思います。
  庵主より:昔は能だけじゃなくて、歌舞伎や文楽でも拍手はしなかったそう
         ですね。それがいつの間にか「拍手するのが当たり前」になっち
        ゃったみたいで、下手をすると拍手しないと白い目で見られたり
         して・・・。でも、めげずに、これからもいろいろな舞台を見に
        行って、能を楽しんで下さいね!

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