〜1999年水無月〜
6/30 (水) 宝生夜能@宝生能楽堂
能〈杜若〉 シテ・金井雄資
ワキ・殿田謙吉
笛・一噌幸政 小・鵜澤洋太郎 大・柿原光博 太・吉谷潔
去年拝見した〈六浦〉では見事に美しい楓の精に「化けて」下さった我が師匠、ここ最近は鬘物に意欲を燃やしていらっしゃるようなので、これまた期待の舞台です。
まず、何事もなく現れたワキ僧の殿田さん。謡に声量があって、しかも綺麗なのに感動!もともと殿田さんは、変なイロをつけず素直に謡うのですが、この日のワキ謡は思わず「わぁ、ステキ!(*^^*)」と溜息が出るほどで、まさに吟遊詩人の体(笑)。「あら美しの杜若やな」と沢辺に咲く杜若を愛でている彼の前にどこからともなく一人の女性が現れ、「ここは"あの"三河の国八橋。もしかしてあなた、『伊勢物語』のあの話をご存じなくてこの杜若をボーっと眺めていらっしゃるの?もう、イケてないわねぇ」と言いながら(まさにそんな風情だったのですよ(^^;)、『伊勢物語』の業平東下りの話を語り始めます。シテがちょっと顔を下に向けると、そこには沢辺の杜若。とまあ、この辺までは順調だったのですが、一番残念だったのは物着。後見が妙にもたもた手間取っていて、挙げ句の果てに肝心の初冠がゆがんでしまって、見所から「あれ、曲がってるわ」というささやき声が出る始末。どうみても、あれは後見S師の責任。男装の麗人がウリの曲なんだから、もっと綺麗に着せてあげてくれなくちゃ。
でも、「なうなうこの冠唐衣ご覧候へ」とワキに向かった時のシテの可愛らしかったこと!その瞬間、顔がぱあっと明るくなって、「ねえねえ、見て見て〜」と無邪気かつ得意げな表情に。あの変貌ぶりはすごかったです。そこから先のシテは、可憐な少女になったり業平になったり、実にさまざまな表情を見せてくれました。クリ・サシ・クセと続く謡も、抑えすぎず、さりとてシテの邪魔をするわけでもない、絶妙のバランスでとっても気持ち良かったし(正直な話、予想外の出来の良さ。これは地頭の大坪喜美雄師のお手柄ですね)。あれが、舞台を大いに盛り上げていましたね。
さて、舞グセから、それに続く序ノ舞。シテは本当に楽しそうに、軽やかに舞うのです。杜若の精というキャラに相応しい、透明感のある舞。それでいて軽く流しているわけでは決してなく、ひとつひとつの型が、きちっきちっと決まっていて実に美しい。軽やかに袖を翻す時の姿など、特に印象的でした。ええっ、もう終わり?もう少しこのまま舞っていて・・・と言いたくなるような心地よさ。もっと多くの人に、見ていただきたかったわあ・・・。
6/24 (木) 橋の会第58回公演@宝生能楽堂
狂言〈寝音曲〉 シテ・三宅右近
アド・高沢祐介
これはきっと面白いに違いないと踏んでいた〈寝音曲〉。この日はオンドリとメンドリとヒヨコが描かれている、なんともほのぼのとした柄の狂言肩衣を着て登場した太郎冠者。これは、主人に謡を所望された時に、「子持(=すなわち自分の妻)の膝枕でなくては謡えない」と太郎冠者が答える、そのセリフを意識した装束だったのでしょう。「やるなあ」と思わずニヤニヤ。「一度謡ってしまうと、あとあとまた謡わせられるのが面倒だから」と何だかんだと謡えない言い訳をするのですが、お坊ちゃんな主人(また、こういう育ちの良いお坊ちゃんの役が、高沢さんのキャラに合っているんですね(笑))は、どうしても冠者の謡を聞きたくてたまらない。酒を大盃で三杯も飲ませてやるばかりでなく、挙げ句には自分の膝枕で謡えと迫る。この辺のやりとりも、こちらは先刻承知なんだけど、やっぱり面白いんですよねぇ。
主人の膝枕で気持ちよさそうに太郎冠者が〈大原木〉を謡っているのを聞きながら「へえ、三宅藤九郎家の〈大原木〉謡には甲グリが入るんだあ」とちょっと嬉しくなったりもして。ヲタですね(苦笑)。じゃあ今度は座って謡ってみろと命じられ、「かつて、声が出ませぬぞや」と言いながら、声にならないかすれ声を振り絞るようなフリをして能〈難波〉の一節を謡い、立って謡えと言われれば、手に唾を付けてオーバーに気合いを入れ、かすれ声を張り上げて謡い、途中で脇腹を抱えて「声が出ずに、持病が出そうだ」などと言う太郎冠者。次に主人の膝枕で〈玉ノ段〉を謡うのですが、主人がそぉっと冠者の身体を起こすとだんだん声がかすれて出なくなり、また寝かせてやると朗々とした謡になる。謡の声が次第にかすれていき、また徐々に元に戻っていく繰り返しが、もう最高。見所も大喜びでした。「その他悪魚、鰐の口」で寝かされたのに、間違えて声をかすれさせてしまい、あとは取り違えたまま。あまつさえ「さるにても」からは立ち上がり、舞いながら謡ってしまうのです。すっかり良い気分になって(笑)。これを見ている主人の憮然とした顔といったら・・・。あとで太郎冠者は大目玉を頂戴するのですが、呵々大笑して「違えました!」とあっけらかん。きっとこの主従、「喉元過ぎればなんとやら」で、あとになればこの話をネタに盛り上がるんだろうなあ。そう思わせる、なんとも楽しい寝音曲でありました。
能〈自然居士〉 シテ・梅若六郎
子方・柴田昴徳
ワキ・宝生閑 ワキツレ・宝生欣哉
アイ・三宅右近
笛・藤田六郎兵衛 小・大倉源次郎 大・亀井忠雄
今回の〈自然居士〉は新演出がてんこもり。好みは分かれるところかもしれませんが、あたし的には断然面白い〈自然居士〉でした。まず、大小前に半畳台の高座が運び出され、アイが自然居士を呼び出すと、数珠とハタキのような法具(名前失念m(_ _)m)を持った居士が登場。「それ一代の教法は五時八教をつくり」の謡い出しで始まる「自然居士の謡」を謡います。いわば自然居士の自己紹介をも兼ねているこの謡が〈自然居士〉に入るのは初めてのことなのですが、美声の六郎師が変化に富んだメロディで謡うのですから、面白くないはずがありません。こんな美青年の説教僧が美声で説教したら、誰だって喜んで聴聞するでしょう(笑)。
やがて子方が登場し、小袖と諷誦文を捧げます(この子方の柴田くん、3月の〈橋弁慶〉笛之巻@森澤勇司独立披露能では六郎師と堂々と渡り合い、実に立派な舞台を見せてくれたのですが、今回も立派に勤めていました。セリフが一言もないのが、ちょっと勿体ない気もしましたけどね)。そこへ現れたのが、人商人。子方につかつかっと近寄り「立てとこそ」と引っ立てて舟へ連れて行く欣哉さん、それを「やるまいぞ」と留めようとするアイの右近さんに向かい、刀に手を掛け「用がある」とキッと睨み付ける閑さん。そして、「かくかくしかじか」とアイから報告を受け、「じゃあ、この小袖を持って追っかけて行き、あの子を連れ戻して来よう」と舟まで追っかけて行く行動派の自然居士。揚ゲ幕のすぐ際から地謡前の舟の作リ物に向かって「のうのうそのお船に物申さう」と呼びかけるのですが、中正面から見ていると、本当に琵琶湖畔で今漕ぎ出だそうとしている舟を引き留めようとしているようで、橋掛リの機能を本当にフル活用しているなあと感心。そこから、「とにかくに、元の小袖は参らする」と小袖を舟に投げつけ(この小袖、うまい具合にワキ・ワキツレの目の前に飛んだのです(^^))、「裳裾を波に浸しつつ」とズブズブと湖に入って舟に取り付くと、人商人が「これも汝の咎ぞとて櫓櫂をもって頻りに打つ」と子方を打擲。以下、皆様ご存じの通りなのですが、息もつかせぬストーリー展開。「左様に申さば拷訴致さう」「拷訴といっぱ捨身の行」「命を取らう」「命を取るともふっつと下りまじい」と押し問答になり、ドンっと舟に胡座をかく。格好良すぎるぞ、自然居士(笑)。まあ、ある意味で歌舞伎の世話物的だと言えなくもないのですが、観阿弥の演じた〈自然居士〉だって、これぐらいのことはやって、観客の拍手喝采を浴びたかもしれませんね。
この後の芸尽くしが、また面白いのなんのって。【中ノ舞】はまさに「舞が短うて見足らず候」という感じ。続く舟の曲舞や簓・羯鼓も芸達者な六郎師の面目躍如といったところ。囃子・地謡もノリにノッていて、本当に楽しいショータイムでした。そうそう。最後の「舟の内よりていとうとうち連れて、共に都に上りけり」の部分、普通は子方を先に行かせて自然居士が最後に一ノ松で留メ という形になるのですが、この自然居士は、詞章通り、子方と一緒に幕に入ってしまったのでした。あらら。でも、隣で見ていた某氏曰く「やっぱり、ちゃんと責任持って連れ帰らないと(きっぱり)」(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)なるほど、御意(笑)。
6/18 (金) 国立定例公演
能〈邯鄲〉 シテ・山本順之
子方・小野里泰輝
ワキ・宝生欣哉 ワキツレ・森常好他
アド・山本東次郎
笛・一噌隆之 小・鵜澤速雄 大・亀井忠雄 太・観世元伯
不思議な〈邯鄲〉でした。通常、〈邯鄲〉は、地謡前に引立大宮の乗った一畳台を出すのですが、舞台に運び出された一畳台は二つ。「へ、〈石橋〉じゃないのに?もう一つは大小前にでも置くの?」と呆気にとられていたら、先ほどの一畳台に並べたのです。当然、大宮の作リ物は出ずじまい。で、その上に、宿の亭主が邯鄲の枕を置くと、どうみてもダブルベッド(苦笑)。
さて、万端整ったところにシテの廬生青年が登場いたします。橋掛リを歩んでくるのは愁いに沈んだ哲学青年。「人生とはなんぞや」といつも眉間にしわを寄せて考えているような、そんな感じ。それが、いきなり「皇帝から譲位されることになりました」と報告を受けると、「それってマジ?」と半信半疑ながらも、嬉しさを隠せない表情をするのです(@_@)。これは見事でした。順之さんは、本当に面の使い方が上手いですね!即位後の廬生はすっかり皇帝気取り。よく「○○は3日やったらやめられない」といいますが、そんな感じがとっても良く出ていました。ただ、【楽】はちょっと物足りなかったかなあ。〈邯鄲〉の【楽】は、あの狭い一畳台でいかに広々と舞ってみせることができるか、これがシテの腕の見せ所だと思うのです。倍の広さ(しかも、二畳分をぎりぎり一杯使っていらっしゃいました)なら、広々と舞えて当たり前。むしろ台から下りて舞った時の方が、窮屈そうでしたねえ(^^;。大宮の柱を掴んで一畳台から片足をおろす空下リ(これも、この曲の見せ場の一つですが)の演出も、あまり効果がなかったような・・・。ううむ。
「かくて時過ぎ、頃去れば」からはクライマックス。子方・ワキツレがさささささっと切戸口に姿を消し、シテは「ありつる邯鄲の、枕の上に、眠りの夢は、覚めにけり」で台に飛び上がって元のように横になる・・・というのを期待していたのですが(地謡もかなり盛り上げて謡っていたので)、普通に台に上っただけでした。もっと動きが激しいだろうと思っていただけに、ちょっと残念。でも、その後の夢から覚めた廬生の表情は、絶品でした。寝ている時にいろんな夢を見て、目が覚めたらぐったり疲れていることってありますよね?あの、なんとも言えない気怠さ、頭の重さ・・・「悟る」というよりも、そういった頭の中のもやもやが次第にクリアになってゆき、「ああ、オレ、夢を見てたんだなァ」と現実を認識するわけです。それを、他人事ではなく、「うんうん。そういうことってあるんだよね」と観客に共感させてしまうところは流石。「山本順之ここにあり!」という感じでしょうか。
それにしても、あのダブルベッドの意図や如何に?気になるなあ。
6/11 (金) 東京茂山狂言会@国立能楽堂
狂言〈佐渡狐〉 シテ・茂山千作
アド・茂山千之丞
小アド・茂山千三郎
道すがらの雑談のついでに、佐渡に狐がいる・いないで賭けをすることになった越後と佐渡のお百姓。年貢を納めに行く御館の奏者にそれを判定して貰おうという話になるわけですが、佐渡のお百姓が「袖の下」を奏者に渡す場面で見所はまず大爆笑。辺りを窺いながら千作さんが「これは寸志でござりまする」と金子を渡そうとすると、それまでずっとしかつめらしい顔をしていた千之丞さん、「ならぬ」と一旦はそれを突っ返すものの、「ならぬ、ならぬと云ふに」と言いながら、その金子を次第次第に自分の方へ寄せてちゃっかり懐に入れてしまう。この間の二人のやりとり、この面白さは千作千之丞兄弟ならではでしょう。千之丞さんは素に戻っていたような(笑)。で、まんまと奏者の買収に成功した佐渡のお百姓は、あらかじめ狐の姿形を教えて貰い、裏でそんなことが行われているとはつゆ知らない越後のお百姓と二人で奏者の前に出て、「佐渡に狐はいる」と「やらせ」の判定をして貰って一件落着(笑)のはずが、納得のいかない越後のお百姓に「じゃあ、狐の格好を言ってみろ」と詰め寄られ、せっかく教わった狐の姿を失念してしまってさあ大変。とんちんかんな答えをしてボロを出しかかる佐渡のお百姓になんとか自分の教えたことを思い出させようとする奏者、二人が談合していることに気付き奏者の姿を見せまいとする越後のお百姓・・・まるで吉本新喜劇のドタバタコメディを見ているかのようなノリの舞台に、見所はもう大喜び。同じ「口は耳せせまでくわーっと裂けてある」というセリフを言うのでも、千之丞さんと千作さんと千三郎さんでは例えば「くわーっと」ひとつ取ってみても、言い方が微妙に違うんですよね。まあ当たり前といえば当たり前なんですが、個人的にはこれがとても面白かったです。
新作狂言〈宗旦狐〉 シテ・茂山千五郎
アド・茂山七五三
笛・一噌幸弘
佐渡狐からの流れなのか、今度もまた狐のお話。〈釣狐〉の茶の湯ヴァージョンといえば分かり易いでしょうか。洛中の茶会に宗旦宗匠の偽者が現れて茶の湯のふるまいを受けるという話を聞き、下京に住む弟子の数寄者が偽の茶会を催すと、そこに現れたのはまさしく宗旦・・・なのですが、幕離レの時に狐足で数歩ぴょこぴょこと飛び出したので、見所には正体がバレバレ(笑)。このニセ宗旦が数寄者の茶室で馳走に預かる場面が見せ場なのですね。庭を賞で、つくばいから入って、茶室に掛かっている大徳寺真珠庵一休禅師の掛け軸など鑑賞していると、亭主が茶を点てます。なかなか風流心のある殊勝な狐ですよね(笑)。能管のBGMがその場の雰囲気とマッチして、なかなかしみじみとした味わい(^^)。亭主は扇も何も使わず、いわばパントマイムでもっともらしく茶を点てるのですが、これがめちゃくちゃ面白い。見所にはお茶をやっていらっしゃる方が多かったようで、くすくす笑いがあちこちから起こっていましたが、お茶を知らない人間でもかなり笑えるオーバーな演技でした。やがて、油揚げの天麩羅の匂いにつられて化けの皮を顕わした狐は(このあたりはまさに〈釣狐〉のまんま)、自分の身の上を語って聞かせるのですが、ここで大爆笑だったのは、幸弘さんの笛!登場した時から笛を3本もっていたので「何かやるな・・・」とは思っていたのですが、いきなり「人生楽ありゃ苦もあるさぁ〜」の水戸黄門のテーマを吹き出したのです。さすがユキヒロさん \(^o^)/ でも、そのおかげで、笛ばかりに気を取られて狐がどうして宗旦に化けるハメになったのか、肝心の語リを聞きそびれてしまいました(爆)。